札幌地方裁判所 昭和41年(ワ)501号 判決 1967年10月28日
原告 小沢茂
右訴訟代理人弁護士 大島治一郎
同 丸山八寿夫
被告 越智実
<ほか二名>
右訴訟代理人弁護士 中山信一郎
主文
一、被告越智実は原告に対し別紙物件目録(一)記載の土地のうち別紙図面中イヘホヨイ各点を順次直線で結んだ線内の土地を、其の地上にある別紙物件目録(三)記載の建物を収去して明渡せ。
二、被告越智実は原告に対し別紙物件目録(四)記載の建物について札幌法務局昭和四一年六月七日登記、昭和三三年七月二〇日新築を原因とする建物表示登記の抹消登記手続をせよ。
三、被告越智実は原告に対し昭和四〇年八月二五日より昭和四一年三月三一日迄一ヶ月金三、六七五円の割合、同年四月一日より第一項の土地明渡済みに至る迄一ヶ月金四、二二七円の割合による金員を支払いせよ。
四、被告仲谷正男は原告に対し別紙物件目録(一)記載の土地のうち別紙図面中イヘホヨイ各点を順次直線で結んだ線内の土地を、其の地上にある別紙物件目録(三)記載の建物より退去して明渡せ。
五、原告の被告野尻光政に対する請求は棄却する。
六、訴訟費用はこれを三分し、其の一は原告、その余は被告越智実、同仲谷正男の負担とする。
七、第三項につき仮りに執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は被告越智実および同仲谷正男に対し主文第一項ないし第四項同旨の判決を求め、被告野尻光政に対し「被告野尻光政は原告に対し別紙物件目録(一)記載の土地のうち別紙図面中ヨホニハヨ各点を順次直線で結んだ線内の土地を、其の地上にある別紙物件目録(二)記載の建物のうち別紙図面表示の斜線部分より退去して明渡せ。同被告は原告に対し昭和四〇年八月二五日より昭和四一年三月三一日迄一ヶ月金一、九七〇円、同年四月一日より前項建物明渡済みに至る迄一ヶ月金二、〇七七円の各割合による金員を支払いせよ」との判決ならびに訴訟費用は被告らの負担とする旨の判決および仮執行の宣言を求め、請求の原因として次のとおり陳述した。
一、別紙物件目録(一)の土地(以上本件土地という)および別紙物件目録(二)の建物(以下一階建物という)はもと被告仲谷正男の所有であったところ、昭和三三年三月一八日付で債権者訴外中央信用組合のために根抵当権設定契約に基く設定登記をなし、昭和三九年一月二三日競売申立登記がなされ、昭和四〇年三月三〇日原告は右本件土地および一階建物を競落し同年八月二五日競落代金を納付し、同日その所有権を取得し、その旨登記した。
二、然るに被告越智は何等の権原なく、本件土地上に別紙物件目録(三)の建物(以下、二階建物という)を所有して本件土地中別紙図面のイヘホヨイ各点を順次結んだ線内の土地(敷地)を占有し、原告に対し、原告が競落により所有権を取得した昭和四〇年八月二五日より昭和四一年三月三一日迄一ヶ月金三、六七五円の割合、同年四月一日より右土地明渡済みに至る迄一ヶ月金四、二二七円の割合による賃料相当の損害を与えている。よって二階建物を収去して其の敷地の明渡を求め且つ右賃料相当損害金の支払を求める。
三、なお被告越智は本件土地上に存する別紙物件目録(四)記載の建物(以下本件工場という)につき札幌法務局昭和四一年六月七日付表示登記を経ている。併し本件工場の登記部分は一階建物の一部分であり、其の間の障壁は存在せず、床面側壁とも続いており区分し得る明瞭な標識はない。此の状態は一階建物を建築した時以来変らないものであるから本件工場は一階建物に包含されているものであって独立性を有しない。従って別紙目録(四)の表示登記は無効のものであるから、其の抹消登記手続を求める。仮りに本件工場が一階建物と別個のものであるとしても原告の前記競落の時には本件工場は一階建物に附合して一体となっていたものであるから、競売の基本たる根抵当権の効力の及ぶ範囲内にあり、右根抵当権による競売により原告が其の所有権を取得したものである。よって別紙目録(四)の表示登記の抹消登記手続を求める。
四、被告仲谷正男はなんらの権原なく、二階建物に居住して其の敷地たる別紙図面中イヘホヨイの各点を順次直線で結んだ線内の土地を占有しているから右建物の居住部分より退去して右土地の明渡を求める。
五、被告野尻光政はなんらの権原なく、一階建物中別紙図面表示斜線部分を占有し且つ本件土地中別紙図面ヨホニハヨ各点を順次直線で結んだ線内の土地を占有している。よって同被告の占有する右土地を、右占有建物部分より退去して明渡を求める。又原告が競落により所有権を取得した昭和四〇年八月二五日より昭和四一年三月三一日迄は一ヶ月金一、九七〇円、同年四月一日より右建物占有部分明渡済みに至る迄一ヶ月金二、〇七七円の割合による賃料相当の損害を原告に与えているので、右損害金の支払を求める。
なお被告らの主張に対し次のとおり陳述した。
被告越智の主張は否認する。即ち同被告は本件訴状の送達を受けた直後の昭和四一年六月頃被告仲谷宅に至り本件土地の賃貸借契約があったことにしてくれと言い、自分が擅に作成してきた領収証に強引に被告仲谷の印を押しているのであって、同被告の主張する賃貸借契約は虚構のものである。仮りに賃貸借契約があるとしても、これをもって昭和三三年三月一八日設定登記された根抵当権に基く競売手続により競落した原告に対抗し得ないものである。又別紙目録(四)の工場について被告越智は被告仲谷の賃料債務の履行のため其の代償として右工場の所有権を取得したと主張するけれども、これも原告の請求を妨害する目的をもって被告越智名義に登記しておくと称し、被告仲谷の手中から訴外株式会社旭堂(代表取締役は被告仲谷である)の印を使用して被告越智名義に登記したものであり、右は実体にそわない不法の登記であるから抹消さるべきものである。
被告野尻の主張について。
被告野尻が其の占有部分を被告仲谷から賃借していることは不知、仮りに同被告が賃借権を有するとしても原告は借家法第一条の二に基き解約の申入れをなす。正当事由は次のとおり。
原告は札幌市内において事業を営む計画をたて、居住および事務所とするため、本件建物を取り壊し、新築する予定であり、一階建物の被告仲谷占有部分については札幌地方裁判所より不動産引渡命令を受けているのであるが、一階建物中被告野尻の占有部分は被告仲谷の占有部分とは共通の壁で仕切られており、被告仲谷の占有部分のみ取り壊すことは不可能であり、又被告野尻の占有部分はその物置迄加えると本件土地の約半分の面積に及び、原告の前記新築計画は被告野尻が一階建物に占有部分を有することにより殆んど不可能となり、原告の本件土地使用は著しく阻害される。加えて被告野尻占有部分の家屋は殆んど朽廃に近い状態であり、補強工作をしてもその耐用年数は五年ないし七年にすぎない。これらの事情を考慮すれば、解約申入の正当事由を有する。
被告越智実は原告の請求棄却の判決を求め、答弁として請求原因の一は不知。二は否認。三のうち同被告名義の存することは認め、その余は争う。即ち同被告は本件土地上にある一階建物の上に昭和三三年新築された二階建物を被告仲谷正男から買い受け、昭和三八年一一月二五日所有権移転登記を経たもので、右二階建物の敷地については被告仲谷とその頃賃貸借契約を結び、賃料は一ヶ月一坪一〇円の割合で昭和四一年一二月三一日迄支払済みで期限の定めなし。同被告は右二階建物を被告仲谷に期限の定めなく賃貸すると共に、其のうち一室に居住し管理している。又被告仲谷は右家賃が支払えないため其の代償として別紙目録(四)の工場を引き取り昭和四一年六月一五日表示登記をした。たまたま原告が本件土地家屋の所有権移転登記をしたことを知ったので原告に対し其の敷地の賃借方を申し入れたわけであると陳述した。
被告仲谷は本件口頭弁論期日に出頭したけれども何等の答弁をなさず、答弁書その他の準備書面も提出しなかった。
被告野尻の訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告負担との判決を求め、答弁として請求原因のうち、一は認める、五は否認する。即ち被告野尻は原告主張の同被告占有部分につき昭和一二年九月訴外山田某から期限の定めなく家賃月額一〇円で賃借し、其後所有者は代ったが昭和二八年に被告仲谷正男から家賃月額二、五〇〇円期限の定めなく賃借し現在に至っており、家賃の滞納もなく、昭和四一年一二月迄支払済みである。
其の間約三〇年間同被告はガラス販売業を手広く営み、同被告の賃借部分は其の都度修理をしてきているので居住には何等の支障はなく、原告の主張は明渡の原因とならないと陳述した。
≪証拠関係省略≫
理由
原告の建物収去、土地明渡請求について。
本件土地および一階建物はもと被告仲谷の所有であったところ、右二個の不動産について中央信用組合が昭和三三年三月一八日根抵当権設定による登記をなし、昭和四〇年三月三〇日原告が右二個の不動産を競落し、同年八月二五日競落代金を納付して同日その所有権を取得し、その旨の登記をなしたこと、被告越智が二階建物について昭和三八年一一月二五日所有権移転登記を経て右二階建物を所有していること、右建物所有により被告越智が原告主張の敷地を占有していることは右当事者間に争がない。
被告越智は右敷地占有の権限を賃借権に求めているから按ずるに、≪証拠省略≫を綜合すれば被告仲谷は一階建物に二階建物を増築して同被告が代表取締役をしていた株式会社旭堂の名義に右二階建物のみを独立して保存登記をなし(昭和三三年八月一一日付)、被告越智が競落により昭和三八年一一月二五日付所有権移転登記をなしたものであることが認められるが、同被告は其の当時の土地所有者たる被告仲谷より建物所有のための敷地賃借権の設定又は譲渡の承諾を受けたこともなく、況んや其の後土地所有者となった原告より賃借権の設定又は譲渡の承諾を受けた事実は毫も認められないところであり、右認定に反する証拠はないから被告越智の抗弁は認容し得ない。(尚大判昭和七年一一月一一日民集二〇八九頁参照。)よって被告越智は原告に対し主文第一項記載のとおり本件土地のうち、別紙図面イヘホヨイ各点を順次直線で結んだ線内の土地を、其の地上にある二階建物を収去して明渡すべき義務がある。
被告仲谷は本件口頭弁論期日に(一回のみ)出頭したけれども答弁書その他の準備書面も提出せずその他なんらの答弁もしないから原告の主張事実を明らかに争はないものとみなされる。よって此の争のない事実によれば被告仲谷は原告に対し、主文第四項のとおり本件土地中別紙図面中イヘホヨイ各点を順次直線で結んだ線内の土地を、其の地上にある二階建物より退去して明渡すべき義務がある。
次に被告野尻に対する原告の明渡請求について考察するに、原告主張の被告野尻の占有部分(土地、建物)については右当事者間に争がない。同被告は昭和一二年九月より一階建物の右占有部分につき賃借権を有する旨主張するから按ずるに被告野尻光政尋問の結果によれば右主張と同旨の証言をなし、≪証拠省略≫によるも右証言を裏付けることができるから同被告は昭和一二年九月よりこれを賃借しているものと認められる。本件競売の基本となった根抵当権の設定登記は昭和三三年三月一八日付であるから同被告の賃借権の設定は右根抵当権設定登記より約二〇年前のものであることが明らかであり、同被告の占有(引渡)は右抵当権者ないし其後の承継人たる原告に対抗し得るものであること借家法第一条の定めるところである。
よって更らに原告の右賃借権に対する解約申入について判断するに、原告本人尋問の結果によれば原告は本件土地に自己の営業(土建業)用および家族の居住用としての事務所兼居宅を新築する計画を有することが認められるけれども、他方被告野尻光政尋問の結果によれば同被告は現在迄約三〇年の長期間、本件占有部分に居住してガラス販売業を営んできたもので、これを明渡すことにより生活の基盤を失うこととなるばかりでなく、一階建物も相当古いものであるが(前記甲第五号証によれば大正一四年頃の建築であることを窺い得る)同被告は自己の費用で適宜修理をなしているので未だ使用に堪え得るものであって、朽廃の程度に達したものとは認め難い。なお原告主張の壁を共通にすることは原告本人尋問の結果により認められるが其の壁はこれを取り壊しても他の障壁を設備する等代替措置は十分になし得ることが考えられるのであるからこれをもって明渡の正当事由とはなし得ない。以上諸般の事情を綜合すれば被告野尻の賃借権も法律上保護に値するものであるから、原告の解約申入れは、これを肯認するに不十分である。よって原告の同被告に対する明渡請求は理由がなく、従って明渡を前提とする賃料相当損害金請求も理由がないからこれを棄却する。
原告の損害金請求について。
前記説示のとおり被告越智は原告に対抗し得る権限なくして其の占有部分を占拠しているわけである。
よって鑑定人前田勇の鑑定結果に照らせば被告越智は原告に対し、原告の所有権取得時たる昭和四〇年八月二五日より昭和四一年三月三一日迄は一ヶ月金三、六七五円の割合、同年四月一日より明渡済に至る迄一ヶ月金四、二二七円の割合による家賃相当の損害を与えているものと認められるから被告越智は右金員の支払義務を有する。
原告の登記抹消請求について。
原告は被告越智に対し、工場について同被告の表示登記の抹消登記手続を求めるから按ずるに、≪証拠省略≫によれば工場について同被告名義に表示登記がなされた日時は昭和四一年六月七日であることが認められるから、本訴の提起された同年五月二三日より約二週間後であることが明らかである。そして≪証拠省略≫を綜合すれば一階建物と工場とは登記簿上別個独立の建物の如く見えるけれども実は一体の建物であって其の間に区別すべき障壁もないものと認められ、従って右工場に対する登記は一階建物の一部分についての二重登記であるとみるべく、特に被告仲谷尋問の結果によれば被告越智は原告の本件訴状送達後急遽かかる登記手続に及んだものと認められるから、同被告の行為は妨害工作として悪質であるとの批判を免れない。右登記は不法且つ無効の登記であるから被告越智はこれが抹消登記手続をしなければならない。
以上のとおり原告の被告野尻に対する請求はすべて理由がないからこれを棄却し、被告越智同仲谷に対する請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用については民事訴訟法第八九条第九二条第九三条を適用してこれを三分し、其の一は原告、その余は被告越智同仲谷に負担させ、仮執行宣言については金銭給付を命ずる主文第三項についてのみ許容し、其他は却下することとし主文のとおり判決する。
(裁判官 辻三雄)
<以下省略>